NPO法人 大阪狭山ファミリークラブ
歴史講座第5回「東高野街道を歩く」 
富田林甲田から錦織神社を経て滝谷不動駅まで
日 時: 平成17年6月18日(土)、午後1時〜4時
講 師: 松本 弘 (大阪府立狭山高等学校教諭、河内長野市郷土研究会副会長)
内 容: 東高野街道は京都・八幡市を発し、河内長野市において堺から来る西高野街道と合流したあと高野街道と

    なり高野山に至る道で、平安時代以降、高野山参詣の人々で大変にぎわった街道です。

    今回は、松本先生の案内と解説で、富田林市甲田から東高野街道をたどり滝谷不動駅まで歩きました。

    見学コースは

    1.養楽寺:禅宗黄檗宗の寺で天誅組河内勢を率いた水郡(にごり)善之祐や長子英太郎、森元伝兵衛らの

      碑がある。

    2.水郡邸:天誅組本隊は、天皇の大和行幸に呼応、京都で旗揚げしたあと、文久3年8月(1863)京都から

      堺港を経由してここで水郡一党80人と合流、「皇軍御先鋒」として大和五条に倒幕の兵を挙げた。

    3.錦織神社:本殿は神主兼長官の三善貞行が正平18年12月(1363)に創建したとされ、唐破風(丸みを帯び

      た形の軒)の上に千鳥破風(三角形の軒)をのせた独特の入母屋造り様式で重要文化財の指定を受けて

      いる。ここでは三善一族の河内での活躍について詳しい説明があった。境内に天誅組河内勢記念碑と志士

      の名前を記した石碑がある。

    4.三十三度行者供養塔(宝きょう印塔):那智の青岸渡寺を第1番とする西国33ヶ所巡礼を年3回、11年で

      33度の満行を記念する供養塔。富田林周辺に多数分布しておりそのうち7ヶ所を見学。

    5.河内二十四地蔵霊場巡り第19番岩井十輪寺跡:河内音頭元祖・岩井梅吉の墓がある。

    6.東高野街道沿いの道標:滝谷不動駅近くに残る道標3ヶ所を見学。

    7.田中本家:代々、狭山藩錦郡村庄家を務める家柄で屋敷構えは天保初期の庄家の貴重な遺構といえる。

    8.極楽寺、塔本本家、大松家など
     
川西駅での出発前の説明

養楽寺・天誅組河内勢の墓がある

錦織神社

天誅組100年祭記念碑
(錦織神社内)
     
宝きょう印塔(錦織神社横)

宝きょう印塔(錦織芝)

岩井十輪寺跡地蔵菩薩碑

田中本家(錦織)
もとに戻る